雑穀を代表するヒエやアワは、古くは主食でした。宮崎県の平家の落人が住みついた椎葉村で唄われている民謡「ひえつき節」をご存知でしょうか。ダム工事に入った工事関係者たちから広がり1953年(昭和28)にレコードに吹き込まれて全国に広がりました。
「庭の山椒の木鳴る鈴かててヨーホ 鈴の鳴るときや出ておじゃれヨー なんぼついてもこのヒエ搗けぬ、どこの蔵の下積みかヨ~」
椎葉村では焼畑のヒエ畑から穂先だけを刈り取り、杵でヒエを搗いて脱穀するときに唄われた仕事唄でした。
岩手県の北上山系地帯や熊本県の山地でもヒエを搗く時の仕事唄として今も残っているそうです。農閑期に男女が集まってヒエを搗くときには、恋の唄の掛け合いになったとか。ヒエは体を芯から温める陽性な穀物で、縄文時代以前から日本全土で栽培され、山間地では昭和40年代まで主食の座を保っていました。